被災地での出会いが生んだコミュニティ拠点

文/久我英二(マガジンハウス)

2012.04.27

コミニュケーションカフェ・かめ七、通称「コミかめ」。2000冊以上の70〜80年代中心の雑誌と、新しいデジタル雑誌が並ぶ。

 4月8日、宮城県・石巻市内の老舗「かめ七呉服店」の中に、雑誌をキーワードにした情報発信拠点「コミかめ」がオープンしました。デジタルコンテンツ推進委員会の被災地支援プロジェクトでの出会いがきっかけで誕生したこのプロジェクトにかける思いとその舞台裏を、設立当初より深く関わっていたマガジンハウス・久我英二さんにまとめていただきました。

 大久保委員長から「かめ七」さんのことを初めて聞いたのは、昨年の10月のことだった。すでに被災地に電子雑誌を届ける雑協Blueskyプロジェクトは、石巻での先行実験を終えて、実際の配信運用開始にむけての準備段階に入っていた。

 「石巻商店街の中にあるかめ七という呉服屋さんが、ボランティア活動の拠点になっているんだ。そしてそのかめ七さんの3階に、ご主人の米倉さんが東京の美大に通っていたころに集めた大量の雑誌があるんだよ。でね、なんとnon-noの創刊号があったんだ。アンアンやポパイもたくさんあるらしい。でも、震災で本棚ごと崩れて、大変な状況なんだ」

 大久保委員長は、嬉しそうに写真を見せてくれた。しかし、崩れ落ちた大量の雑誌の山、かめ七さんではどうやら廃棄寸前の状態にあるらしい。
「ちょっと待ってください、これはとても貴重なものですから」
そう必死でお願いしたんだよ、と話す大久保委員長。同時にそのかめ七さんを何らかの形で今回の雑協プロジェクトの活動拠点にすることはできないか、という考えも幹事会で提案された。

 11月に入って、やっと私もかめ七さんにお邪魔できる機会ができた。そして、3階の事務所に上がって、雑誌と対面・・・・
いったい何冊くらいあるんだろう・・・米倉さんも数えたことがない、わからないという・・・大量の雑誌。本棚ごと崩れ落ちて、なんとか本棚だけは立て直したものの、散乱する雑誌はほとんど手つかずの状態だった。
でも、あ、この下のほうにあるのは、アンアンの創刊のころのものじゃないか・・・あ、あっちはきっと70年代後半のポパイだ・・・

三つの部屋に渡ってこんな具合だった。

 大げさな言い方かもしれないけれど、私は導かれてここに辿り着いた、そのときそう思った。そしてその瞬間、これは私が責任もってやらなきゃならないことだと確信した。
それは、私が人生ずっといっしょに歩んで来た雑誌を心から愛読してくれた方への恩返しでもあるはずだと。

 そんなわけで、私の石巻通いが始まった。
石巻は未だに仙台との間を結ぶ仙石線が一部で不通のままで、東京から現地にたどり着くにもかなりの時間を要したし、石巻もまだ宿泊施設などは十分に回復していない。しかもこちらは週末ボランティア、実働時間も限られていた。それでもNHK出版の鈴木さんや、雑協事務局の心強い手助けを得て、作業はスタートした。

 まず雑誌のリスト作りから始めると、どうやら雑誌は軽く2000冊を越える量である事がわかった。すでに休刊してしまったり、出版社そのものがなくなってしまっているものも少なくなかった。まさに宝の山、だった。

雑誌ごとに発行順に整理し、号数を確認していく。

 年が明けてからも月2回のペースで石巻に行き、作業もほぼ順調に進んだ。かめ七さんを拠点のひとつとして活動するボランティア団体のISHINOMAKI2.0のみなさんとの協力体制も整い、その中心メンバーでもある東工大の真野先生や、同大学院の渡辺さん、建築家の天野さんたちの協力で、カフェの青写真も着々と仕上がっていった。

 こうしてコミュニティカフェ的な拠点作りを目指して、プロジェクトは一気に大きく前進し始めたのだった。
大勢の力が、どんどん集まって行く中で、私は雑誌の整理だけに集中していれば大丈夫という感じで、後半はなんかすごく楽しいことだけさせてもらっているような気分だった。
名称も「コミュニティカフェ・かめ七」通称「コミかめ」と決定し、ロゴは米倉さんが作成してくださった。

 そしていよいよオープンを明日に控えた4月7日。
内装も家具も整い、きれいに整理して並べられた雑誌を前に、私はなんとも言えない気持ちでカフェ内に立っていた。

ラベル貼りに資料印刷、当日朝まで突貫作業は続いていた。

 ああ、やっとここまできたんだなぁ、という感情。それは満足感? いや、ちょっと違うような気がする。
雑誌は、こうやって整理されて、読みたいと思ったものを自由に手に取ることができて、初めてその価値を発揮できるものなんだ。
書籍と違って、次の号が出てしまえばもうゴミ同然の扱いを受けてしまう雑誌。でも、こうやってそろう事で、間違いなく再び蘇り、新しい価値をもたらしてくれるものなんだと確信した。
それはひとつの、発見だったかもしれない。

 翌日のオープニングには、大勢のかたが集まってくださった。地元紙やテレビの取材もたくさん入った。

仙台金港堂の藤原さんも駆けつけてくれた
(奥から3番目)。
プレスに向けて説明中。
壁面には震災直後からの写真パネルを展示。
おみやげは、かめマーク入りの紅白饅頭とお赤飯。

 新しい雑誌は、毎月オンラインでタブレットに送られてくる。地元からの情報発信支援も可能なDTP環境を整えたコンピュータもある。おいしいコーヒーも飲める。
それでもこれは、まだスタート地点に過ぎない。これまで関わってくださった多くの方に感謝しつつ、それではこれから、ここからなにができるのか?

 そこにあったのは、出会いだった。
石巻・黄金浜地区で精力的な活動を続ける藤田さんはじめ、たくさんのかたからたくさんのものをいただいた。
支えようとすることは、支えてもらうことでもあった。
この出会いを、閉じた世界ではなく、大きく広めて行こうと思った。
それはとりもなおさず、今のこの時代に、雑誌になにができるのか、と同じ問いかけなんだと思う。

70年代の雑誌、今見ても新鮮でパワーに溢れている。

「コミュニティカフェ・かめ七」略称「コミかめ」
 詳しい情報は下記をご参照ください。
 http://ishinomaki2.com/comikame/